物価上昇や人材不足を背景に、従業員の給与を引き上げる中小企業も増えています。こうした賃上げを税制面から支援する制度が「賃上げ促進税制」です。
中小企業向けの賃上げ促進税制は、一定の要件を満たして給与等の支給額を増やした場合、その増加額の一部を法人税から直接差し引ける制度です。
令和8年度税制改正では、中小企業向けの基本的な賃上げ要件や税額控除率は維持されました。一方で、これまで設けられていた教育訓練費による税額控除率の上乗せ措置が廃止されています。その結果、中小企業向け制度の最大控除率は従来の45%から35%となりました。
ただし、「令和8年度改正だから2026年の決算から一律に変わる」というわけではありません。法人については、原則として令和8年4月1日以後に開始する事業年度から改正後の制度が適用されます。決算月だけでなく、事業年度の開始日を確認することが重要です。
この記事では、令和8年度税制改正によって中小企業の賃上げ促進税制がどう変わったのか、適用要件や税額控除率、給与等支給額の考え方、5年間の繰越控除、決算前に確認しておきたいポイントまでわかりやすく解説します。
目次
令和8年度改正で中小企業の賃上げ促進税制は何が変わった?
令和8年度税制改正では、賃上げ促進税制全体について大きな見直しが行われました。
全法人向けの措置は令和8年3月31日で廃止され、中堅企業向けについては要件が厳しくなっています。一方、中小企業向けについては、教育訓練費に関する上乗せ措置の廃止を除き、従来の制度が維持されました。
中小企業に関係する主な改正を整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 改正前 | 令和8年度改正後 |
|---|---|---|
| 給与等支給額1.5%以上増加 | 15%控除 | 15%控除 |
| 給与等支給額2.5%以上増加 | 30%控除 | 30%控除 |
| 教育訓練費による上乗せ | +10% | 廃止 |
| くるみん・えるぼし等による上乗せ | +5% | +5%を維持 |
| 最大控除率 | 45% | 35% |
| 控除しきれない額の繰越し | 5年間 | 5年間を維持 |
つまり、賃上げそのものに対する優遇措置が縮小されたわけではありません。
給与等支給額が前年度より1.5%以上、または2.5%以上増加した場合の基本控除率は従来どおりです。大きな変更点は、研修や教育にかけた費用を増やすことで受けられた上乗せ措置がなくなったことです。
中小企業向けの基本制度はそのまま維持
令和8年度改正後も、中小企業向け賃上げ促進税制では、前年度と比べて雇用者給与等支給額を増やした企業が税額控除を受けられます。
対象となるのは、原則として青色申告書を提出する「中小企業者等」です。
法人の場合、資本金または出資金が1億円以下であることなどが基本的な要件ですが、大規模法人から一定割合以上の出資を受けている法人や、前3事業年度の所得金額の平均額が15億円を超える法人などは対象外となります。そのため、「資本金1億円以下なら必ず対象」とは限りません。
教育訓練費による10%上乗せが廃止
改正前の中小企業向け制度では、一定以上の教育訓練費を支出することで、税額控除率を10%上乗せできる仕組みがありました。
しかし、令和8年度税制改正により、この教育訓練費に係る上乗せ措置は廃止されました。
財務省は、教育訓練費の増加額以上に税額控除額が増える場合があるとの会計検査院の指摘などを踏まえて廃止したと説明しています。
注意したいのは適用時期です。
法人の場合、改正後の取り扱いは令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用されます。そのため、たとえば令和8年中に決算を迎える法人でも、その事業年度が令和8年4月1日より前に開始していれば、改正前の制度が適用される可能性があります。
自社の決算期だけを見て判断せず、対象となる事業年度の開始日を確認しましょう。
最大控除率は45%から35%へ
教育訓練費による10%上乗せがなくなったことで、中小企業向け制度の最大税額控除率は45%から35%になります。
ただし、後述する子育てとの両立支援・女性活躍支援についての5%上乗せは維持されています。
したがって、給与等支給額を2.5%以上増加させて基本控除率30%の要件を満たし、さらに対象となる認定要件を満たしていれば、最大35%の税額控除率を適用できます。
中小企業向け賃上げ促進税制の適用要件と税額控除率
令和8年度改正後の中小企業向け賃上げ促進税制では、給与等支給額の増加率によって基本となる税額控除率が決まります。
| 雇用者給与等支給額の増加率 | 基本控除率 | 認定による5%上乗せ後 |
|---|---|---|
| 前年度比1.5%以上2.5%未満 | 15% | 20% |
| 前年度比2.5%以上 | 30% | 35% |
税額控除額は、基本的に前年度から増加した給与等支給額×税額控除率で計算します。
ただし、実際にその事業年度で控除できる金額には上限があり、原則として調整前法人税額の20%までです。
給与等支給額が1.5%以上増加すると15%控除
雇用者給与等支給額が前事業年度と比べて1.5%以上増加していれば、その増加額の15%を法人税額から控除できます。
中小企業向け制度では、特定の従業員だけではなく、原則として国内雇用者全体に対する給与等支給額を比較します。
そのため、基本給の引き上げだけでなく、従業員数の増加や賞与などによって給与等支給額全体が増えた場合にも、要件を満たす可能性があります。
2.5%以上増加すると30%控除
雇用者給与等支給額が前年度より2.5%以上増加した場合には、基本控除率が30%まで引き上げられます。
1.5%と2.5%では控除率に15ポイントの差があるため、決算前に給与等支給額を集計し、自社がどちらの基準に該当するかを確認しておくことが重要です。
ただし、税額控除だけを目的に無理な人件費の増加を行うことは適切とはいえません。採用計画や賞与、今後の資金繰りなども含めて判断する必要があります。
くるみん・えるぼし等の認定でさらに5%上乗せ
令和8年度改正後も、子育てとの両立支援や女性活躍を積極的に行っている中小企業への5%上乗せ措置は維持されています。
中小企業向けでは、一定のくるみん認定以上、またはえるぼし認定2段階目以上などを満たすことで、税額控除率を5%上乗せできます。
認定の種類によって判定時点も異なります。たとえば通常のくるみん認定やえるぼし認定は適用事業年度中に取得することが求められる一方、プラチナくるみん・プラチナえるぼし等は適用事業年度終了時に認定を取得していることが要件となります。
認定を受けている企業は、決算時に見落とさないよう確認しておきましょう。
「給与等支給額」には何が含まれる?計算時の注意点
賃上げ促進税制では、「給与を増やしたか」ではなく、税制上の雇用者給与等支給額がどれだけ増加したかを判定します。
ここを誤ると、1.5%や2.5%という適用要件の判定自体が変わる可能性があります。
正社員だけでなくパート・アルバイトなども対象
国内雇用者には、正社員だけではなく、パート、アルバイト、日雇い労働者なども含まれます。
基本的には、国内の事業所について作成された賃金台帳に記載される使用人が対象です。
そのため、正社員の基本給だけを比較して賃上げ率を判断するのではなく、対象となる国内雇用者全体の給与等を集計する必要があります。
役員や一定の親族などは対象外
一方で、役員に対する役員報酬を増やしても、原則として賃上げ促進税制の給与等支給額には含まれません。
使用人兼務役員を含む役員や、役員の一定の特殊関係者などに支給する給与も対象外となります。
特に中小企業では、経営者の親族が会社に勤務しているケースも少なくありません。対象者の範囲を誤らないよう注意が必要です。
賞与も給与等支給額に含まれる
給与等支給額には、給料や賃金だけでなく、残業手当、各種手当、賞与など、原則として給与所得となるものが含まれます。
決算賞与についても、税務上その事業年度の損金に算入されるものであれば、その事業年度の雇用者給与等支給額に含まれます。
反対に、退職手当など給与所得に該当しないものは、原則として給与等支給額には含まれません。
決算賞与を予定している場合には、法人税上の損金算入要件とあわせて、賃上げ促進税制への影響も確認するとよいでしょう。
補助金・助成金がある場合は計算に注意
給与等の支払いに関連して補助金や助成金などを受けている場合は、税額控除額を計算する際の取り扱いに注意が必要です。
賃上げ要件の判定と「控除対象雇用者給与等支給増加額」の計算では、雇用安定助成金額などの取り扱いが異なる場合があります。単純に会計帳簿上の人件費の増加額へ控除率を掛ければよいとは限りません。
助成金を受給している企業は、決算・申告時に計算方法を確認することが重要です。
5年間の繰越控除で赤字の中小企業も活用できる
中小企業向け賃上げ促進税制の大きな特徴が、税額控除を最大5年間繰り越せる制度です。
税額控除は、本来であれば納める法人税がなければ利用できません。そのため、賃上げを行っていても赤字企業ではメリットを受けにくいという問題がありました。
現在の中小企業向け制度では、要件を満たした年度に控除しきれなかった税額控除額を翌年度以降5年間繰り越すことができます。令和8年度改正後も、この制度は維持されています。
当期に控除できなくても5年間繰り越せる
赤字で法人税額が0円だった場合だけでなく、黒字であっても法人税額の20%という控除上限に達し、税額控除額の一部を使い切れない場合があります。
そのような未控除額も、要件を満たせば翌年度以降へ繰り越すことができます。
そのため、「今年は赤字だから賃上げ促進税制は関係ない」と判断してしまうのは注意が必要です。
繰越控除を使う年度では給与等支給額の増加が必要
繰り越した税額控除を将来の事業年度で実際に使用するためには、その控除を行う事業年度において、雇用者給与等支給額が前年度を上回っている必要があります。
ここで必要なのは、1.5%以上の増加ではなく、前年度より増加していることです。
繰越額が残っているからといって、自動的に将来の法人税から控除できるわけではない点に注意しましょう。
毎期の申告で繰越明細を忘れない
5年間の繰越控除を利用する場合、申告手続きにも注意が必要です。
未控除額が発生した事業年度だけでなく、その後の繰越期間中も、原則として確定申告書に必要な明細書を添付しておく必要があります。
赤字で税額控除を実際には使わない年度についても、将来の控除につなげるための申告管理が重要です。
決算前に確認したい賃上げ促進税制の5つのポイント
賃上げ促進税制は、決算が終わってから初めて検討するのではなく、決算前の段階で給与等支給額や適用要件を確認しておくことが重要です。
- 前年度と当年度の雇用者給与等支給額を集計する
対象となる従業員と対象外となる役員等を分け、前年との増加率を確認します。 - 1.5%・2.5%のどちらの要件を満たすか確認する
1.5%以上なら15%、2.5%以上なら30%と控除率が大きく変わるため、決算前の試算が重要です。 - 決算賞与や未払給与の取り扱いを確認する
決算賞与などは、税務上どの事業年度で損金算入されるかによって給与等支給額へ含める年度が変わります。 - くるみん・えるぼし等の認定状況を確認する
対象となる認定があれば5%上乗せできる可能性があるため、認定の種類と取得時期を確認します。 - 過年度からの繰越税額控除がないか確認する
過去に賃上げ促進税制の要件を満たしていたものの控除しきれなかった金額がある場合、当期に利用できる可能性があります。
特に令和8年度改正の適用前後では、教育訓練費の上乗せ措置が利用できる事業年度かどうかも確認する必要があります。
賃上げ促進税制でよくある質問
Q. 赤字でも賃上げ促進税制は使えますか?
赤字で当期の法人税額が0円の場合、その年度に法人税から税額控除することはできません。
ただし、中小企業向け賃上げ促進税制では、要件を満たして生じた未控除額を最大5年間繰り越すことができます。将来黒字になった際に利用できる可能性があるため、赤字年度でも適用要件や申告手続きを確認しておくことが重要です。
Q. 役員報酬を増やしても対象になりますか?
原則として対象になりません。
賃上げ促進税制は国内雇用者への給与等を対象とする制度であり、役員や使用人兼務役員などは国内雇用者の対象から除かれます。
Q. 決算賞与は給与等支給額に含まれますか?
税務上、その事業年度の損金に算入される決算賞与であれば、その事業年度の雇用者給与等支給額に含まれます。
未払計上しただけで自動的に対象になるわけではなく、法人税上どの事業年度で損金算入されるかがポイントです。
Q. 教育訓練費を増やしても令和8年度以降は上乗せされませんか?
法人について、令和8年4月1日以後に開始する事業年度では、教育訓練費による上乗せ措置は廃止されています。
一方、令和8年3月31日以前に開始した事業年度については改正前の制度が適用されるため、教育訓練費の上乗せを利用できる可能性があります。
「令和8年に支払った教育訓練費だから対象外」と判断するのではなく、対象となる事業年度の開始日で確認しましょう。
Q. くるみん認定はいつまでに取得する必要がありますか?
認定の種類によって異なります。
通常のくるみん認定やえるぼし認定などは、原則として適用事業年度中に認定を取得することが必要です。一方、プラチナくるみんやプラチナえるぼし等は、適用事業年度終了時に認定を取得している場合が対象となります。認定区分によって細かな要件があるため、実際の適用前には最新の要件を確認してください。
まとめ|賃上げを行った中小企業は決算前に税額控除を確認しよう
令和8年度税制改正では、中小企業向け賃上げ促進税制について、給与等支給額の増加率1.5%以上で15%、2.5%以上で30%という基本的な税額控除率は維持されました。
一方、教育訓練費による10%の上乗せ措置が廃止されたため、最大控除率は45%から35%へ変更されています。子育てとの両立支援・女性活躍支援に関する5%上乗せや、未控除額を5年間繰り越せる制度は引き続き利用できます。
特に確認しておきたいのが、「給与等支給額が前年度より1.5%以上増えていないか」という点です。
人材採用や定期昇給、賞与などによって人件費が増えていても、制度を意識していなければ適用可能性を見落とすことがあります。また、役員給与の除外や助成金の取り扱い、繰越控除の明細書など、計算・申告には注意すべき点もあります。
浅野税務会計事務所では、法人向け税務顧問として月次監査、税務相談、決算申告などに対応しています。毎月の経理データや帳簿を確認し、会計・税務上の問題点を早期に確認する体制を整えています。
賃上げを行った、従業員が増えた、決算賞与を予定しているなど、賃上げ促進税制の対象になる可能性がある場合は、決算前の段階で適用可否を確認しておくことをおすすめします。